17時半のレストランにて

主人の会社の方との夕食に誘われたときのことです。「17時半にレストランで」と聞いて、少し驚きました。日本にいた頃、夕食はだいたい20時か21時頃。17時半といえば、日本ではまだ仕事をしている人も多い時間です。

レストランに着くと、もう他のお客さんが何組もいました。みなさん普通に食事をしています。17時半の夕食は、この人たちにとっては何も特別なことではないのだと気づきました。特別だと思っていたのは自分だけだったのです。

街ごと早い

気づいてみると、早いのはディナーだけではありませんでした。

レストランのディナータイムは17時頃から始まっていて、20時を過ぎるとラストオーダーのお店も少なくありません。スーパーも日本の感覚より早く閉まります。日本では22時や23時まで開いているお店が珍しくなかったので、最初は「もう閉まるの?」と焦ることがありました。

朝も早いです。周りの人を見ていると、朝早く出勤して夕方には帰宅する、という働き方が多いように感じます。早く帰って家族と一緒に夕食を取る。17時半のディナーは、そういう一日の流れの中にあるのだと、だんだん分かってきました。

3つの時計

このずれを考えていて、自分の中には3つの時計があるのだと気づきました。

ひとつは「時計の時間」。17時半、18時、20時。数字で刻まれる物理的な時間です。もうひとつは「体の時間」。お腹が空いた、眠くなった、まだ元気がある。体が感じるリズムです。そして3つ目が「社会の時間」。この時間は夕食の時間、この時間はお店が閉まる時間、この時間はもう夜——その社会が共有している「この時間には何をする」という暗黙のリズムです。

日本にいた頃は、この3つがだいたい一致していました。暗くなったら夜、お腹が空いたら夕食、お店も遅くまで開いている。意識する必要がなかったのです。

でもアメリカに来たら、3つの時計がバラバラに動いている感覚がありました。社会は「もうディナーの時間ですよ」と言っているのに、体はまだ「夕方」のつもりでいる。夏は20時を過ぎても明るくて、太陽が「まだ昼ですよ」と言っている。時計だけが「もう夜です」と言っている。どの時計に合わせて暮らせばいいのか、最初は本当に分かりませんでした。

時間を決めているもの

コミュニケーション学に「クロネミクス」という分野があるそうです。時間の使い方や感じ方が文化によってどう異なるかを研究するもので、文化人類学者のエドワード・ホールが基礎を築いたとされています。

この考え方を知って腑に落ちたのは、「何時に何をするか」は時計ではなく社会が決めている、ということでした。同じ17時半でも、それが「まだ仕事の時間」なのか「もう家族の時間」なのかは、文化によって違います。一日は同じ24時間なのに、その切り分け方が違うのです。

日本では夜に重心がある暮らしだったように思います。仕事が終わるのが遅く、お店も遅くまで開いていて、夜が長い。アメリカ、少なくともピッツバーグでは、朝に重心があります。早く始めて、早く終えて、夕方からは家族の時間。どちらが正しいということではなく、社会が何を大事にしているかが、一日のリズムに映し出されているのだと思います。

時計を合わせている途中

暮らしているうちに、自分たちの夕食の時間も少しずつ早くなりました。気がつけば18時台に食べていることが増えています。3つの時計のうち、「社会の時間」にまず合わせて、「体の時間」が少しずつ追いついてきた、という感じです。

でも、完全には合っていません。夏の夕方、20時を過ぎてもまだ明るい空を見ると、体は「まだ夕方」と言っているのに時計は「もう夜」と言っています。日本にいた頃は「暗くなったら夜」、それだけでよかったのに、ここではそう単純にはいきません。

考えてみれば、「夕方って何時から何時までだろう」なんて、日本では一度も考えたことがありませんでした。それくらい、時間の感覚は自分の中で当たり前のものになっていたのだと思います。当たり前すぎて見えなかったものが、場所を変えることで見えてくる。時間の感覚もそのひとつでした。

この時間感覚の違いが気になって、少し調べてみました。

気になって調べてみました

「クロネミクス(chronemics)」は、非言語コミュニケーション研究の一領域で、時間が文化や社会生活においてどのような役割を果たしているかを扱います。この分野の基礎を築いたエドワード・ホールは、1959年の著書『沈黙のことば』の中で、時間の捉え方が文化によって大きく異なることを論じました。ホールが特に注目したのは、時間に対する態度(正確さの求められ方、遅刻の許容度など)が、その文化のコミュニケーションスタイルと深く結びついているという点です。

本文で触れた「一日のリズム」の違いは、社会的リズム(social rhythm)の文化差として捉えることができます。食事・睡眠・労働・余暇の時間配分は個人の好みだけでなく、社会全体の構造に強く影響されます。アメリカの早いディナータイムは「朝型の労働時間+家族との夕方の時間」を重視する社会的リズムの反映であり、日本の遅いディナータイムは「長時間労働+深夜営業のサービス業」という社会構造と結びついています。同じ24時間の中で何に時間を割くかという優先順位が、社会のリズムを形作っているとも言えます。

本文で触れた「太陽の時間と社会の時間のずれ」は、時間生物学では「ソーシャル・ジェットラグ」と呼ばれる現象と関連しています。これは社会的に求められる生活時間と体内時計(概日リズム)のずれを指す概念で、ドイツの時間生物学者ティル・ローネベルクが提唱しました。海外に移住して社会のリズムが変わると、このずれを強く体感することになります。