アメリカで初めて運転したとき、赤信号で止まっていたら右折していく車がいて驚きました。実技試験 の練習を始めたばかりの頃です。日本では赤信号は「止まれ」以外の意味はない。ところがアメリカでは、赤信号でも条件を満たせば右折してよいというルールがあります。運転手だけでなく歩行者にも関わるルールで、知らないと危険です。
ルールと注意点
赤信号での右折(Right Turn on Red、RTOR)は、赤信号で完全に停止し、左から来る車と歩行者を確認したうえで、安全であれば右折してよいというルールです。一時停止を省略して徐行のまま曲がるのはルール違反です。
ただし右折できない場合があります。「No Turn on Red」の標識がある交差点では右折できません。ピッツバーグのダウンタウンでは多くの交差点にこの標識が出ています。また、右折専用の矢印信号がある場合は矢印に従う必要があり、矢印が赤なら右折できません。赤信号で右折できるのはあくまで「丸い赤信号」の場合です。実際にはNo Turn on Redの交差点でも、バスを含めて右折していく車を見かけますが、ルール上は違反です。
運転手としては、見通しの悪い交差点での判断が特に難しい。建物や停車している車で左からの交通が見えないことがあり、少し前に出て確認する必要があります。標識の有無、矢印信号の有無、歩行者の有無——確認すべきことが一度に複数ある。慣れるまでは無理に右折せず、青信号を待つ方が安全です。
歩行者の立場でも重要なルールです。横断歩道を渡るとき、たとえ自分の信号が青でも右折してくる車がいる可能性がある。特に交差点を渡り始めるとき、右側から曲がってくる車に注意。日本の感覚で「青だから安全」と思い込まない方がいいです。
オイルショックが生んだルール
このルールが全米に広まったのは、意外にも1970年代のオイルショックがきっかけでした。
もともとカリフォルニア州が1947年に最初に赤信号での右折を認め、1950〜60年代にかけて西部の州が追随していました。しかし東部の州では認められていなかった。
転機は1973年のアラブ石油禁輸です。ガソリンの供給が逼迫し、スタンドに長蛇の列ができた。信号待ちのアイドリングで消費されるガソリンを減らすため、赤信号での右折が「省エネ策」として注目されました。
1975年、連邦議会はエネルギー政策保存法(Energy Policy and Conservation Act)を成立させ、連邦のエネルギー補助金を受け取る条件として「安全と整合する最大限の範囲で赤信号での右折を認めること」を各州に求めました。つまり赤信号での右折を認めなければ、連邦の補助金がもらえない。この圧力でほぼすべての州が法律を改正し、1980年までに全50州で赤信号での右折が合法になりました。
最後まで抵抗したのはマサチューセッツ州で、1980年1月1日にようやく法律が施行されましたが、抗議の意味で州内の信号機の約90%に「No Turn on Red」の標識を取り付けたという逸話が残っています。法律上は認めたけれど、標識で実質的に禁止した——州の自治権と連邦の圧力のせめぎ合いが見える話です。
ニューヨーク市は逆のルール
全米でRTORが当たり前になっている中、ニューヨーク市(NYC)は例外です。NYCでは赤信号での右折は原則禁止で、「Right Turn on Red Permitted」という標識がある交差点でのみ右折が認められます。全米の他の地域とは「デフォルト」が逆です。
NYCは歩行者の数が圧倒的に多く、赤信号での右折を一律に認めると歩行者事故が増えるという判断からこのルールが維持されています。他の州から来たドライバーが知らずに右折して違反を取られることがあるので、旅行先の都市のルールは事前に確認しておく必要があります。
なぜこのルールが存在するのか
赤信号での右折を認めた本来の目的はガソリンの節約でしたが、50年経った今では車の燃費が大幅に向上し、アイドリングストップ機能も普及しています。当初の省エネ効果はもはやわずかです。
一方で、RTORが導入された州では歩行者事故が20%以上増加したという1982年の研究があり、近年では安全性の観点からRTORを再び禁止する動きも出ています。ワシントンDCやアナーバー(ミシガン州)など、都市部での禁止が広がりつつあります。
1970年代のオイルショックという一時的な危機への対応が、50年後の今でもアメリカの交通ルールとして残っている。ガソリン税 やエリアコード と同じく、過去の事情で作られた仕組みが、当初の目的を失っても慣性で続いているケースです。




