Steelersの試合の映像で、黄色いTerrible Towelに「yinz」という見慣れない単語が書かれているのを見ました。何のことかわからなかったので調べたら、「you all」の意味だという。ピッツバーグには独特の方言があって、Pittsburghese(ピッツバーギーズ)と呼ばれている。
アメリカには地域ごとの訛りがありますが、ピッツバーグの方言は言語学者が研究対象にするほど独特で、しかも住民がそれを誇りにしているという珍しい存在です。なぜピッツバーグだけこんなに強い方言が残っているのか。理由を調べてみると、移民の歴史、製鉄業、そしてこの街の地形が重なっていました。
スコッツ・アイリッシュが土台を作った
Pittsburgheseの基盤はスコッツ・アイリッシュ(アルスター地方からのスコットランド系アイルランド人)です。1700年代にウェスタンペンシルベニアに入植した彼らが持ち込んだ英語が、この方言の骨格になりました。
代表格の「yinz」は、スコッツ・アイリッシュの"you ones"(あなたたち)が縮まったものです。you ones → you’uns → yinz。カーネギーメロン大学の言語学者Barbara Johnstone教授は、yinzをPittsburgheseの「最も際立った特徴」と呼んでいます。
面白いのは、スコットランドのグラスゴーでも同じ起源の「yins」が今も使われていることです。大西洋を挟んで、ピッツバーグのyinzとグラスゴーのyinsは同じルーツを共有している。ピッツバーグの方言は、18世紀のスコットランドの英語が保存されたものとも言えます。
製鉄業の移民が方言を混ぜ合わせた
1890年から1920年にかけて、ピッツバーグの製鉄業に引き寄せられて東欧・南欧から大量の移民がやってきました。ポーランド、ハンガリー、クロアチア、イタリア、ギリシャ——英語を母語としない人々が、工場や路上でお互いの英語を聞きながら言葉を覚えた。
言語学者はPittsburgheseを「コイネー」(混合方言)と呼びます。スコッツ・アイリッシュの土台の上に、非英語話者同士が学び合うことで生まれた独特の発音やイントネーションが重なった。ダウンタウン がdahntahn(ダーンターン)になるのは、ouの音を持たない東欧の言語の話者がdowntownを聞き取って再現した結果だという説があります。
川と丘が方言を閉じ込めた
もう一つの要因はピッツバーグの地形です。
ピッツバーグは3つの川(Allegheny、Monongahela、Ohio)と急峻な丘に囲まれた街で、地区ごとに地形的に分断されています。Bloomfield、Greenfield、South Side、Lawrenceville——それぞれの地区が川や丘で隔てられ、移民コミュニティが地区単位で固まって暮らしていました。
この地理的な孤立が方言を保存しました。人の移動が少なく、テレビやラジオが普及する前の時代には、隣の地区の英語すら微妙に違うことがあったとされています。アパラチア山脈の西側に位置するピッツバーグは、東海岸の大都市(フィラデルフィア、ニューヨーク)からも距離があり、言語的にも独自の進化を遂げやすい環境でした。
製鉄業の衰退が方言をアイデンティティに変えた
1970年代から80年代にかけて、ピッツバーグの製鉄業は崩壊しました。1986年にはかつて世界最大だったHomestead Worksが閉鎖され、多くの住民が仕事を求めて街を離れました。
ところが方言は消えなかった。むしろ製鉄業の衰退とともに、Pittsburgheseは「日常の話し方」から「地元のプライドを表現する手段」に変わりました。Steelersの試合でTerrible Towelを振りながら「yinz」と叫ぶ。Tシャツやマグカップに方言を印刷して売る。方言が街のアイデンティティの象徴になったのです。
言語学者のJohnstone教授はこの変化を「日常語からレガシー方言への移行」と表現しています。普段の会話では標準的な英語を話す人も、Steelersの試合やバーでは意識的にPittsburgheseを使う。方言が「自分はピッツバーガーだ」という帰属意識の表現になっています。
「yinzer」(ヤンザー)という言葉は、もともとは労働者階級を揶揄するニュアンスがありましたが、今ではピッツバーグ住民の自称として肯定的に使われることが増えています。SNSのプロフィールでhe/himやshe/herと並べて「yinz/yinzer」と書いている人を見たことがありますが、代名詞(pronoun)の欄に方言を入れるのは、それ自体が「私はピッツバーグの人間です」という宣言です。方言がここまでアイデンティティと結びつく都市は、アメリカでもそう多くありません。




